不安、心配で心を病んでいる方はどれだけいるでしょうか。

不安は決して「悪」ではありません。不安はいわゆる「危険察知機能」であり、我々になくてはならない必要な能力です。母を見失った子供は不安になるし、怪しい人に印鑑を預けてしまったら不安になります。

しかし重要なのは不安になった際の「回避行動」にあります。危険を回避するために「不安」になっているのですから、何もしなくては意味がありません。ところが現実には、長期間に渡って不安を持ち続けている方が山のようにいます。回避せよという本能からのメッセージに背き、危険と隣り合わせで我慢している状態、「不自然」な状態です。そりゃあ心を病んでも仕方ないですね。

 

じゃあどうすればいいのか。

そもそも、人はどんなものに不安を抱くのでしょうか。ざっくり以下のように分類してみました。加えて私なりのとるべき対処法を付します。

 

(1)予期はしているが現状のままでは回避できない(していない)リスク

⇒回避しようがないなら、何もしない。覚悟を決める。

⇒回避できるなら、(いつどうやって)回避するか否かを決める。回避しないなら覚悟を決める。

(2)予期せぬ何か(悪いこと)が起こるリスク

⇒漠然とした不安・リスクは整理し、具体化する

(3)リターンを得るために自ら被ったリスク

⇒自分が望んで選んだリスクだということを自覚する

 

(1)は例えば、そろそろ大地震が起きる地域にいるとか、家の鍵が旧式なので泥棒に入られかねないなどです。ここで思い出すべきことは、「リスク」は無限に存在するということです。1万年に一度の巨大隕石が明日落ちてくる可能性もあるわけですが、それを不安に思ったところで、今できることはありません。つまり考えるだけ無駄です。

ではもう少し頻繁に起こるリスクではどうでしょう?対処する気になればできるレベルのもの。これについては、対処するかしないかを明確に決断することです。地震が起こるかもしれないと思って不安を抱えて憂鬱に生きるより、それでもここに住むんだ、地震が来たらその時はその時だと覚悟し、それまでを精一杯元気に生きるほうが絶対有意義です。

(2)は、いわゆる漠然とした不安を抱えた人です。こちらは単純明快。漠然としたものを明確にして、予期できるリスクに変えるだけです。しかし、これをやっていない人が非常に多いように思います。不安になることは考えたくないということなんでしょうが、逆です。不安になるならその不安の根源を分析し、解明すべきだと私は考えます。

(3)は、就職とか、投資などですね。この手の不安が強くなる人は、悪いところばかりに注目してしまい、本来の目的(リターン)を忘れがちなのではないかと推測します。自らの選択で被っているリスクなのだから、嫌ならやめればいいのにね…。

 

今回の話をまとめます。

不安は明確にすべし。回避できない不安があるなら、対策を取るか(取らないなら)腹をくくるべし。

そして、いち早く不安のない日常に戻りましょう。ストイックすぎますかね。